独立した後、リーマン・ショックで仕事がなくなるなか、スタッフだけを抱えることに。

安田幸一さん/公認会計士(みかさ監査法人代表社員)

(プロフィール)中央大学法学部法律学科卒業。KPMG東京事務所(現あずさ監査法人)株式公開支援業務を中心に上場企業の法定監査、M&Aのデューデリジェンス業務に従事。2000年、安田公認会計士事務所を設立。2005年、グローバル・ソリューションズ・コンサルティング株式会社を設立、代表取締役に就任。

公認会計士として、税理士業務の他、監査や社外役員を数多く手がける安田幸一氏。マザーズやナスダック・ジャパンという新興企業向け株式市場の開設という追い風を受けて独立を決意した。IPOや監査案件など数多く手がけてきた安田氏が、これまでの歩みの中で「自分史上最大のピンチだった」と振り返るのは2008年9月のリーマン・ショックだという。大学卒業後から現在までの軌跡とともにリーダーに必要な要素をじっくり伺った。
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──現在の業務内容を教えていただけますか。

安田:仕事の約半分が監査の仕事、2割くらいが税理士の仕事、残りの3割が社外役員の仕事、といったところです。メインとなっている監査の仕事は、企業とは別の独立した立場から会社の決算書などを調査し、「この決算書は間違いのない数字が記載されています」ということを証明する業務です。

──もちろん、企業はごまかすつもりはないけれど、ミスがあったりもする。それを調べるということですね。

安田:2015年には東芝の粉飾決算疑惑という出来事がありました。そのようなことが起きると、株価が一気に下落してしまう。それを防ぐのが私の仕事です。注意していてもあのような事件が起きてしまうのでなかなか油断できません。一方で、面白いと感じるのは社外役員としての仕事ですね。さまざまな経営者の方と役員会の場で議論をしたり、社長や役員の方から個別に相談を受けたりもできますからね。個人的にも取り組み甲斐があり、大変勉強になる機会です。

──たとえばどのような相談が寄せられるのでしょうか。差支えない範囲でお伺いできれば。

安田: 2015年12月から社外取締役を務めている株式会社インタートレードの話をしますね。同社は、証券会社向けにディーリングやトレーディング業務用などの自社開発パッケージソフトを販売している会社なのですが、実はそのパッケージソフトが今、苦戦しているんです。野村証券や大和証券のような大手証券会社の場合は、関連会社の総研に独自のシステムを作らせるため、パッケージソフトの需要はありませんが、中小証券会社はシステム部門に大手のような資金を投入できないため、こういった企業がインタートレードのクライアントでした。しかし昨今、小規模の証券会社は合併をしたり、自主廃業をしたりしていて減少しています。このままだとこれらの会社と共倒れになってしまうリスクがあるということで、現在はさまざまな新規事業を模索しているところなんです。私は直接的に新規事業に関わることはありませんが、相談に対してアドバイスする立場ではあります。

マザーズとナスダックが誕生、時代の波に乗って独立

──どういった経緯で今の会社を設立されたのでしょうか。

安田:私はKPMG東京事務所(現あずさ監査法人)に2000年の4月まで在職し、5月に独立しました。ちょうどマザーズ(1999年11月)とナスダック・ジャパン(2000年5月)に開設された時期でしたね。2つの巨大株式市場開設により、社歴が浅く、規模が小さい会社でも上場できるようになりました。極端な話、売り上げゼロの会社でも上場できるようになったんです。当時、私はKPMGの中で多くのIPO(新規公開株)のコンサルティング業務に携わってきました。どんなに小さな会社でもビッグチャンスを掴めるというところが魅力的でしたね。そこに新興市場が誕生したことで、仕事の裾野が急激に広がりました。今なら私にできる仕事が外の世界にあるのでは、とそのタイミングで独立を決意したんです。

──滑り出しは順調だったでしょうか。

安田:そうですね。最初はIPOコンサル一本で、徐々に監査や税務案件なども依頼されるようになりました。当時はIPOコンサルと監査、2つの業務を行うことが可能だったんです。たとえば、IPOコンサル業務のなかには、会社の体制整備だけではなくオーナーの税金対策も含まれるので、企業のトップと親しくなると「監査役をやってもらえませんか?」という話をいただくことも。今は独立性の問題からありえませんね。

リーマン・ショックで「自分史上」最大のピンチに

──これまでを振り返ってみて、ご自身でご苦労されたと思う出来事があれば教えてください。

安田:自分史上、最大のピンチだったと思うのは、2008年のリーマン・ショックのときですね。当時は景気が良く、うちの事務所もこれからもっと仕事が増えるだろうと考えていたところにリーマン・ショックが起こったんです。結果、事務所にとって非常に重要な仕事が消えたのにスタッフを抱える、という状態になってしまいました。そこから1年くらいは大変厳しかったですね。実はリーマン・ショック直前にスタッフを4人採用したところだったんです。

今思えば、少し慢心していたのかもしれませんね。というのも、リーマン・ショック前のサブプライムローンのときにはさほど仕事は減らず、ネガティブな影響というのは大してなかったんです。しかも、当時の会計士業界はそれまでは期末と中間に監査をすればよかったものが、四半期で監査をする制度ができたために急激に仕事が増え、金融庁に対して「会計士が足りないから会計士の合格者を増やしてくれ」と要望していたくらい人が足りていなかったんです。さらに、同じ時期にアメリカでエンロンやワールドコムの不正粉飾事件があったため、こういったことを防ぐため日本国内でも内部統制監査が導入されたこともあり、2つの監査制度の開始時期が重なったために、会計士業界ではずいぶんと人手不足の状態が続いてましたね。

──リーマン・ショック前後で手がける業務内容は変わりましたか。

安田:そうですね。リーマン・ショック以前は、M&Aも手がけていました。主に、買う企業が買われる企業の財務内容が適正かを調査する財務デューデリジェンス業務ですね。買収のターゲットとなっている企業におもむき、異常な資産はないか、隠している負債はないかを調査するわけです。と同時に、その企業の財務内容や、売上げや利益からその企業の価値はどれくらいになるのかなどを算定する企業評価を多く手がけました。しかし、リーマン・ショック後はM&Aの案件自体が減少傾向にあり、私の事務所でもあまり手がけなくなりましたね。

ナンバー2の存在が不可欠

──起業を目指す人たちへのアドバイスをお願いします。

安田:これまで多くの企業を見てきて思うことは、社長の右腕、つまりナンバー2の存在がとても重要だということです。社長というのは、ときに暴走しがちな。そんなとき、ブレーキ役となってしっかり止めてくれる人がいないといけません。

──成功のためにはナンバー2がカギになる、と。

安田:そうです。さきほどの例の逆パターンもあると思います。ほかにも、トップが営業よりも新規事業を考え出すことに秀でているのなら、ナンバー2は営業が得意な人な方がいいでしょうね。つまり、近い考え方の似た者同士よりも、逆の考え方ができる関係性であることがポイントなんです。しかし、タイプが違えば少なからず意見が対立するものですから、そこでもナンバー2が円滑なコミュニケーションを取って場を収められることも大切でしょうね。会社経営においてトップ2人が「時間が経てば経つほど仲が悪くなってしまって……」では困ります。大前提として、お互いの意見を言いあっても大丈夫な人であること。相手の言わんとすることを理解する努力を惜しまない、そんな気質の人がナンバー2にいる会社は伸びる可能性があると思いますよ。

(インタビュー・撮影/大橋博之、編集/井上こん)

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